勤務時間外の業務連絡を遮断! 社員のストレス軽減のために「つながらない権利」について考えてみよう | 中小企業サイバーセキュリティフォローアップ事業

2024.09.17

勤務時間外の業務連絡を遮断! 社員のストレス軽減のために「つながらない権利」について考えてみよう 


「つながらない権利」をご存じでしょうか。

それは、勤務時間外に仕事上のメールや電話への対応を労働者が拒否することのできる権利です。

帰宅して家でくつろいでいるときや、休日に家族と一緒に過ごしているときに仕事の連絡が入る。それでし方なくそれに対応する―そんな経験のある方も多いのではないでしょうか。

ある調査によると、回答者の7割超が勤務時間外に部下・同僚・上司から連絡がくることがあると答え、連絡がくることにストレスを感じている、勤務時間外の連絡を拒否できるのであれば拒否したいとの回答が多数に上っています。

労働者をこうしたストレスから守るために、「つながらない権利」を法制化している国もありますが、日本にはそのような法律がなく、そうした規則を備えた企業も少ないのが現状です。

調査結果から「つながらない権利」をめぐる現状を把握し、取り組み事例を交えながら、今後の方向性について考えます。

「つながらない権利」とは

「つながらない権利」とは何でしょうか。

実は「つながらない権利」に明確な定義はありません。

一般的には、「勤務時間外において仕事とつながらない権利」、あるいは「業務に関連するアクセスから遮断される権利(アクセス遮断権)」と説明されることが多いようです。

ただ、「勤務時間外において仕事とつながらない」ことは、もともと法律などで規定されなくても、認められているといっていいでしょう。

休憩時間や就業時間後、休日は、就業時間ではないため、本来、労働者には仕事と関わる義務がないからです。

夜勤中の仮眠時間が労働時間か休憩時間かが争われた事件で、最高裁は、休憩時間は単に業務から離れるというだけでなく、労働からの解放が保障されることを意味するという趣旨のことを述べています。

たとえ仮眠していても、何かあったときにすぐに対応することが義務付けられているとしたら、それはいわば「スタンバイ状態」にあることを業務として命じられていることになります。そのような状況は、休憩時間ではなく労働時間に当たると判断されたのです。

このように、勤務時間外であれば、仕事と「つながらない」のは、本来は当たり前のはずです。

実際、以前は、勤務時間外であれば、持ち帰り残業のような特殊な場合を除いて、仕事から解放されるのが一般的でした。

しかし、ICT(情報通信技術)が発展した現在では、職場から離れても、スマホやタブレットなどのデバイスと常時つながっていて、いつでもどこでも、業務に関するやり取りを行うことができます。

その結果、「勤務時間外には仕事とつながらないのが当たり前」であった状況が、「勤務時間外であっても、四六時中、仕事とつながるのが当たり前」に変化してしまったのです。

一方、2018年の働き方改革関連法により、長時間労働を解消するための施策が本格的に導入されました。

ただ、働く人の健康を考えると、長時間労働の解消だけでなく、休息によって心身の回復を確保することも大切です。

産業医学における研究によると、業務連絡が届く可能性があると認識して睡眠をとる場合と、そのような連絡・対応がないと認識して睡眠をとる場合では、体力の回復に差が生じるといった例もあるということです。

このような状況を受けて、「つながらない権利」が注目されるようになってきました。

出所)東京人権啓発企業連絡会 (細川良)「『つながらない権利』とは何か?その背景と実現についての考え方」

https://www.jinken-net.com/close-up/20230801_4036.html

「つながらない権利」をめぐる現状

日本労働組合総連合会(連合)は2023年9月、18歳から59歳の有職者(正社員・正職員、派遣社員・派遣職員、契約社員・嘱託職員・臨時職員、パート、アルバイト、フリーランス)を対象にインターネット調査「“つながらない権利”に関する調査2023」(以下、「連合調査」)を行い、1,000名分の有効サンプルを収集しました。

その調査結果から、「つながらない権利」をめぐる現状をみていきましょう。

勤務時間外に業務上の連絡を受ける割合は7割以上に上る

まず、業務関連のコミュニケーションツールを複数回答形式で尋ねたところ、割合の多い順に、スマートフォン、PCメール、LINEなどのメッセージアプリ、Web会議システム、固定電話、Slack・Chatworkなどのチャットでした。

筆者も業務用に、これらの全てのツールを使いますが、PCとタブレット、スマートフォンを同期させているため、ほとんどのツールがどのデバイスでも利用でき、どこにいても連絡が入る状態です。おそらく同じ状況の方も多いのではないでしょうか。

では、「勤務時間外に、部下・同僚・上司から業務上の連絡がくる」(以下、「勤務時間外の職場内からの連絡」)割合はどのくらいでしょうか。

図1 勤務時間外に部下・同僚・上司から業務連絡がくる頻度

出所)日本労働組合総連合会「“つながらない権利”に関する調査2023」p.4
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20231207.pdf?4242

図1をみると、頻度はさまざまですが、連絡が来ることがある人は平均72.4%に上ることがわかります。

業種別にみると、「建設業」がもっとも多く、ついで「医療、福祉」、「宿泊業、飲食サービス業」が続いています。

これらは、たしかに密な連絡が必要な業種ともいえますが、全体的にみても、60%台後半から70%台の業種が多いことがわかります。

つまり、業種に関係なく、「勤務時間外の職場内からの連絡」が入る割合は高いのです。

勤務時間外の業務上の連絡に対して6割以上の人がストレスを感じている

「勤務時間外の職場内からの連絡」を受けた人はそのことをどのように感じているのでしょうか。

そうした状況でストレスを感じるという回答は62.2%、連絡の内容を確認しないと内容が気になってストレスを感じるという回答も60.7%に上ります。

連絡そのものにストレスを感じても、それを無視することもストレスにつながるのだとしたら、対応しないわけにはいかないかもしれません。

そんなストレスフルな状況がみえてきます。

「つながる権利」の企業ルールをめぐる葛藤

こうした状況を背景にして、「勤務時間外の職場内からの連絡」を制限すべきだという回答は66.7%に上りますが、自身の職場に「つながらない権利」に関するルールがあると回答したのは25.8%にすぎません。

では、ルールを設ければ、問題は解決するのでしょうか。

「連合調査」はそこにも踏み込んでいます。

「つながらない権利」によって「勤務時間外の職場内からの連絡」を拒否できるのであればそうしたいと思うという回答が72.6%に上る一方で、実際には今の職場では拒否は難しいと考えているという回答が62.4%を占めています。

しかも、拒否をためらう理由として、勤務評価など自身におよぶ影響を不安視する回答がほぼ半数に上っています。

このことから、「つながる権利」をめぐる、厳しい状況が窺えます。

出所)日本労働組合総連合会(連合)「“つながらない権利”に関する調査2023」p.1,2,4,7,8,10,12,14

https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20231207.pdf?4242

「つながらない権利」を実現するために

「つながらない権利」はどうしたら実現できるのでしょうか。

国内外の取り組み事例をみながら、考えていきましょう。

海外では法制化を進める国が相次いでいる

フランスは2017年の改正労働法によって、「つながらない権利」を定めました。

とはいっても、この法律は、業務時間外の業務連絡を直接、禁止するものではありません。業種や職種によっては、やむを得ない状況もあるため、労使で協議して、「つながらない権利」について合意することを定めているのです。

フランスに次ぎ、イタリアも2017年に法制化しています。これも、全面的な禁止を定めておらず、「つながらない権利」について、雇用契約に明記することを求めるものです。

出所)パーソル総合研究所「つながらない権利の確保に向けて」

https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/column/202310100001.html

これを機に、海外では多くの国や都市が「つながらない権利」の法制化を進めました。

2021年にはポルトガルが、企業が就業時間外の従業員に連絡することを原則として禁じる法律を成立させました。違反企業には売上高に応じて罰金を科す場合もあります。

ベルギーでは2022年に、例外的な理由がない限り通常の勤務時間外に連絡を遮断することができるという法的権利が、公務員に付与されました。

出所)日本経済新聞「勤務時間外の電話、罰金最大126万円 ポルトガルが新法」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR1602J0W1A111C2000000/

出所)Guardian ”Belgian civil servants given legal right to disconnect from work”
https://www.theguardian.com/world/2022/jan/31/belgian-civil-servants-given-legal-right-to-disconnect-from-work

日本にも「つながる権利」を実現している企業がある

日本は「つながる権利」が法制化していませんが、「つながる権利」を実現している企業もあります。

一例として、ここではIT企業「イグナイトアイ」の取り組みをご紹介します。

同社は、かつては残業も当たり前でしたが、子育て中の女性社員が増えたことなどから、思い切って働き方を見直すことにしました。

そして、業務時間外である深夜早朝、土日や祝日などの仕事に関するメールや電話をすべて禁止し、休暇中にメールが届いても「休み」であることが自動で返信されるように設定しています。

しかし、「つながらない権利」を実現するためには、徹底した業務の効率化も必要です。

同社では、取引先の会社にも、時間外には対応できないことを前もって知らせました。また、商談はすべてオンラインに切り替える、時間がかかる紙ベースでの経理処理をやめ、スマートフォンで経費精算ができるようにする、集中して仕事ができるようにオフィスのレイアウトを変える、などさまざまな取り組みをしています。

こうした取り組みによって従業員のモチベーションが高まって、顧客開拓でも結果がでやすくなり、会社の売上は4割増加したということです。

NHK「『つながらない権利』知ってほしい」

https://www3.nhk.or.jp/news/special/lifechat/post_65.html

おわりに

「つながらない権利」は従業員の心身の健康を守るための重要な権利です。

特に現在のような深刻な状況下では、「つながらない権利」を「勤務時間外における業務からの遮断を積極的・実際的に実現する権利」と捉えた方がいいという指摘もあります。

出所)東京人権啓発企業連絡会 (細川良)「『つながらない権利』とは何か?その背景と実現についての考え方」

https://www.jinken-net.com/close-up/20230801_4036.html

ただ、上でみたように、業種や職種によってその実現が難しいケースもあるでしょう。

そこで、まずは「つながる権利」に関する自社の状況や従業員の意識を把握し、先行事例も参照しながら、これからの取り組みを検討するところから始めてみるのはいかがでしょうか。


筆者プロフィール

<横内美保子>

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。

高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育

成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。

パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

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